右打者なら山内一弘、左打者なら近藤和彦。
ボクが小学生のころからずっと憧れていた両選手。
どちらも「打撃の職人」と呼ばれた玄人好みの渋い選手で、
今考えても、オイラはませていたな~と思う。
誰もが、やれ長島だ、王だと騒いでいた時代。
周りには、山内や近藤の偉大さについて語りあう仲間がいず、
ひとり熱い思いを心の中に秘めていた。
言ってみれば、恋した相手がクラスメイトではなく、
給食のおばちゃんだったって感じかな?
シブ好みだね~!
山内は内角打ちの名人と呼ばれた。
さんざんボクも真似したけれど、なかなかに難しい技だった。
でもボクが一番尊敬したのはバッティングではない。
小学校3年の時の川崎球場。
大洋対阪神。
一塁側スタンドにいたボクの横で、
酔っぱらったおじさんが、
ファーストを守る山内を盛んに野次っていた。
「こら~! 山内~、知ってるぞ~!
おまえは痔持ちだろ~! 痔けつだろ~!」
小学3年生のボクはその頃、痔という意味がわからなかった。
でも、山内選手がものスゴくイヤそうな顔をしたのと、「けつ」というのがお尻のことだろうとは感じたので、これは相当にヤバいことを言っているのではないかと子供心に思ったものだ。
そのうち調子にのったおじさん。
大きな声で連呼しだした。
「痔~けつ、痔~けつ、そら痔~けつ、痔~けつ・・・」
まるで応援団の三・三・七拍子。
なんたって川崎球場は狭く、観客もまばら。
その声がよく通ること、通ること。
ボクの父親は「ちっ!」と舌打ちしタバコをふかしていた。
最初は笑って同調し、手拍子などをしていた周りの大人たち。
その勢いが急速にしぼんでいった。
うつむき加減で足下を見つめる山内の姿がそこにあったからだ。
たとえ野次とはいえ、言っちゃいけないことってあるんじゃないかと、その時、ボクは思った。
ボクは息を飲んで山内の様子を見つめていた。
次の瞬間、打球がショートへ飛んだ。
ショート吉田からの送球がファーストへ。
スリーアウト。
ボールをマウンドへ向けてころがし、
ファースト山内が一塁側スタンドを振り返った。
笑っていた。
そして、帽子を掲げボクら方に向けて振ったのだった。
ボクは子供心にも完全に痺れてしまった。
山内一弘氏はボクに
大人の所作を教えてくれた人なのです。
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